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『タブラと姿勢』⑤自然な姿勢と力の抜き方

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姿勢

前回は、「姿勢」というキーワードから、ある衝撃を受けた体験までを書いて来ました。

*
「自然な姿勢には、自然な安定がある」
ここで言われる「自然な姿勢」とは、もっとも力が抜けて楽で安定している状態。
「力み」で苦しんでいる、つまり「適切な脱力」「リラックス」ができないことで悩んでいる身にとっては、なんとも実感の湧かない、でもこれ以上なく魅力的な響きです。
*

手首をもっと柔らかく

タブラを演奏する上で、手首の柔らかさが重要なことはわかっています。
「力が入りすぎ」
「手首が固い」
「もっと力を抜いて」
「もっと楽に」
「もっと軽く」
…etc
手首と指を動かす筋のストレッチ、手根骨の仕組みとストレッチ法、、、
単に、楽に力を抜いて叩こうとすると、力の抜けた軽くか細い音になります。。。
それで、色々教えを請うわけですが、
問題は、
出来る・出来てる人には、出来ない・出来ていない人の感覚はわからない。そして言葉で説明できない。
ということです。
まだまだ本当の自由や、達人の感覚などわかるものではありませんが、日々の実践で少しずつでも「力の抜き方」がわかってくると、それまでなぜ力が入っていたのか、どうやって力を入れていたのかさえも、不思議と思い出せなくなってきます。
なるほど、だから教えるのも、習得するのも難しいということか。。
*

手首の柔らかさについては、肩の柔軟性、動きの質、身体の軸の取り方など、具体的な取り組みも不可欠であり実践中ですが、「姿勢」という幹がなければ、それも単に枝葉になってしまうと感じています。

元から改革。

*

元がしっかり

「元がしっかりしていれば、外からの影響に関わらず安定している」
ボディーが正しくリラックス出来て安定していれば、手をどんなに振られようと、上体を押されようと、まったく動じない。
具体的に正しい姿勢を感覚として掴むための実践法に触れたことついて、前回書きましたが、これを文字情報で伝えることには少し限界があるようです。
とにかく直感したのは、
正しい姿勢、全身の力の抜き方を体得すれば、腕は驚くぐらい柔軟で、自由に動けて、なおかつ強い!
ということは、
力を抜いて、楽に、しなやかで強い音が出せ、演奏できる!!!
ということではないか!
力強く踏ん張って、頑張って「しっかり」させるのではなく、楽チンで力を抜いているのに「しっかり」している。
でも、これは頭だけだとよく理解できません。
力強くあるためには、筋肉を鍛え、力を入れ、頑張るには、歯を食いしばり忍耐を貫く、イメージがどうしても抜けないから。
それはもう潜在意識に深く刻まれています。
*

臍下の一点

「タブラの姿勢」は腰を落として重心を下げて、、とかあれこれやってきたのですが、まず人間本来の身体について
「自然な姿勢には、自然な安定がある」

という原理を知りませんでした。

*

まず、臍の下、下腹のことを丹田といって、「丹田を意識しろ」「丹田に力を込めろ」などと言われたりして重要なものとされていますが、タブラを習得する上では、指や腕、上体ばかりに意識がいっていて、「丹田」を意識したりすることはありませんでした。
さらに、「自然な姿勢」を知るには、
まず「臍下の一点(せいかのいってん)」を知る必要があります。
「丹田」と言われるとき、普通は下腹全体を意味します。
でも、「臍下の一点」というとき、それは下腹のずっと下、ヘソ下からゆっくりと指で押しながら下がっていくと、指の力が入らない、ほとんど恥骨に近いところにあります。
力を抜くとき、この「臍下の一点」がその力の収め先だというのです。
また、足のつま先まで意識が通った状態で、肩、そして全身の力を抜き、「臍下の一点」に全てを落ち着けて立つと
・最も楽で
・最も安定していて
・最も持続可能である
「自然な姿勢」になる。
また、その状態では、人間は心も落ち着いた状態になる。
つまり、落ち着いた状態が本来自然な状態だというのです。
でも、これだけを読んでも全然わかりませんよね?

「力み」でがんじがらめになった僕にもさっぱりでした。。

力の抜き方そのものは、実際に身体で体感してみなくてはわからない。

*

ちょっと実践:肩の上げ下げ

肩の力の抜き方、また個人個人によって違う自然な肩の位置の見つけ方について、学んだ方法をご紹介します。
(自然な肩の位置は、骨格、筋肉のつき方などによって人それぞれ違います。)
「肩を上げて下げてください」
こう言われると、たいがい首をすくめて肩全体を上げてしまいます。
これでは力を入れている状態なので、いくらやってもリラックスできません。
「肩先」ここは鎖骨と肩甲骨につながっていて、喉の下、鎖骨と鎖骨の間で胸骨につながっています。
肩甲骨は肋骨や背骨にはついていない、浮いている骨になります。
肩を上げるときは、この鎖骨と胸骨の繋がる場所、ここを中心に「肩先」を上げる。
そのとき、腕の力は抜いていてください。
そうすると、円軌道を描くように「肩先」が動き、引っ張られるようにして肘が自然と上がります。
肩を上げる位置を前後したりしてみて、一番楽で、一番肩の上がる場所、そこがご自身の自然な肩の位置です。
また、上下していれば、肩の力が抜け、リラックスできます。
僕の場合は、これを知っただけでも、大きな効果がありました。
*

自然な

よく「自然体で」などと言われますが、なにが自然体なのかはよくわかりません。
本来は、なにもしなければこの状態、首が座るようになった赤ん坊は自然とこの状態なのでしょう。

でも、「自然体」でなない場合には、いつでもその状態でいられるための訓練が必要です。

そうです。それは訓練できるのです。

*

シリーズのメインテーマは引き続き『タブラと姿勢』です。

次回は、訓練の鍵となるものについて書いていきたいと思います。


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『タブラと姿勢』④まさに蜘蛛の糸

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自分のことは自分が一番わからない

「我々の直面する重要な問題は、それを作った時と同じ思考のレベルでは解決できない」

同じ思考、同じ行動、同じ努力をしていては超えられない。
*
前回までの記事:『タブラと姿勢』
*
こうして書いていると、書いている本人の思考や反応の癖も、少しずつ外側からみえてきます。
自分のことは自分が一番わからない。
*

あるキーワード

「力み」により、自由な動きを獲得できないことに悩み、 暗く冷たく重い出口のみえないトンネルの中でもがいていた中で、あるキーワードが引っかかってきました。

「姿勢」

本連載のタイトルにもなっているものです。
*
「自然な姿勢には、自然な安定がある」
というのが、その教えでした。
身体が完全に自然な姿勢で整っていること、それは
・最も楽で
・最も安定していて
・最も持続可能である
それにより、いつでもすぐに動ける最も自由な姿勢、だということなのです。
「元がしっかりしていれば、外からの影響を受けず安定している」
理屈はわかります。筋が通っています。
なにより重要なポイントとして、それは「誰でも出来る」普遍性のあるものだというのです!
*
「力み」は抜こうとすればするほど固く締まり、、もがけばもがくほど穴に落ちていくアリ地獄のようなもの。。
いうなれば、そこに垂らされた一本の蜘蛛の糸!
もうしがみつくしかありません!!!
*

ものごとは実践

でも、それを知識として知っているだけでは、何にもなりません。
そして、その指導をしている道場で、見た光景が衝撃でした。
*
「元がしっかりしていれば、外からの影響を受けず安定している」
だから、
身体の本体が安定していれば、腕を人にどんなに振られても、影響を受けない。
自然な姿勢が出来ていると、その手を持って、どんなに人が「ぶるぶるぶるぶる」やろうともまったく影響されないのです。

そればかりか腕を振る人が、虚しくなるほど抵抗のないものを振っている感じです。

*
そのとき思い浮かんだのは、まさにオニンド・チャッタルジー先生の手でした。

まるでどこにも抵抗のない、しなやかでスムースで、ぐにゃぐにゃとは違うふにゃふにゃしたやわらかい手です。
*

「なんだ!なんなんだ!これは!」

内心、興奮が抑えられませんでした。
*

次回、その「姿勢」についてもう少し掘り下げていきます。


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『タブラと姿勢』③深い闇とアインシュタインの言葉

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ヒントを探して

やっかいな癖について前回の記事で触れました。
記事:②習慣と癖
こいつの居場所がわからない。
こいつの現れてくる仕組みも対処法もなにもわからない。
もうこれは、生まれ持った自分の性格や性質かと諦める以外にないのではないかと思いながら、悩み、苦しみ、解決法やヒントを探していました。
*

想像以上に深い闇

知らないこと、出来ないことに取り組もうとしたときに、「力み」というのは致命的な問題なのだけれど、癖になってしまっているものはそうそう簡単には抜けてくれるものではない。
それどころか、力み切ってしまっている状態では、まず自分がどれだけ力んでいるかということもわからない。
どれだけ深い闇に隠された問題なのかさえも。。
「なんでそこでミスするんだ?そこでは絶対にミスしてはいけない!」
…絶対にミスしてはいけない!絶対にミスをしてはいけない!絶対にだ!!!
強く思うほど、練習すればするほど、やっぱりミスる。。
まるで負の無限ループの闇の中にいるように自分を追い詰め、心にさらなる「力み」を溜め込んでいきます。
わかっていることといえば、誰にもどうにもできないということだけ。
「どうにかしなければ、どうにか…。」
*

壁にぶつかっているとき

壁にぶつかっているときというのは、だいたい正面の小さい視野でしかものが見えていない。
壁に当たって怪我をしたのに、その壁を突破しようとしてさらに突撃して全身ボロボロになり体力を失うようなもの。
子供のときから地元の川に親しんでいたというキャンプ場のオーナーが以前言っていたことですが、「とても悲しいことに毎年川で亡くなる人がいる。川で溺れて亡くなる方は、だいたい川に落ちたときにもがいて体力を消耗してしまう。でも人間はもともと水に浮くのだから何もしなければどこかに流れ着く」のだそうです。
ダメな時に、ただただもがいて練習してしまう。これでは溺れてしまう。。
*

アインシュタインの言葉に

「我々の直面する重要な問題は、それを作った時と同じ思考のレベルでは解決できない」
というものがあります。
同じ思考、同じ行動、同じ努力をしていてはいけない。
ことあるごとにこの言葉が思い浮かびはするのですが、実際に行うのはものすごく難しいです。
何か違うこと、今までやったことのないことに取り組む必要があるのでは…。
*

やったことのないこと

以前、パーカッショニストの山北健一さんと「山北塾」を開催させていただいていた時に、リズム感についてや上手くなるための秘訣など、いろいろと伺ったり教わったりしていましたが、
「赤ちゃんが初めて楽器に触れるようにやったらいいよ。今までやったことのない例えばテニスでも始めてみる感じで。。」
なんとなく言ってることはわかるような、、でも「わかった」かどうかというと、正直そのときはチンプンカンプンでした。
そんなとき…
「ん!なんだ?それ?!」
*

ごめんなさい。。
ちょっと長くなるので、ひっぱるようで申しわけありませんが、引き続き「光明」へ向かって次回へと続きます。

よろしくお願いいたします。


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『タブラと姿勢』②習慣と癖

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月のあるところ

月を指す指先ばかりを見て、月のあるところを見ていなかった。
月のあるところを見なければいけないことがわかった。
でも頭でわかっただけでは、まだそれはわかったとはいえない。
実践して出来るようになって初めて本当にわかったといえるようになる。
というのが前回の記事ですが、もちろん今現在も分かっていないことだらけなので、月のあるところを目指すのに、誤りがあれば軌道修正を出来るように、整理しアウトプットしつつ日々実践していきたいと思います。
*

習慣を変える

何事も3週間続ければ習慣となり、3ヶ月続ければ身についてくるといわれます。
「始めたら最低でも3週間は毎日継続することが大事」
「継続のコツは小さなことから始めること」
だそうです。
*

実験

そこで、僕も実験として、起床時間を変えてみるということをしてみました。
それまで夜型だったのを、朝早く起きることにしたのです。
でも、かなり万年睡眠不足になっていたので、早く起きてしまっては余計に睡眠時間が少なくなるのではないか、と最初は心配していました。
ちなみに、あのザキール・フセインは、本格的に学び始めた(正確な意味は割愛します)7歳の時から朝3時起きでタブラを学んでいたそうですが、それが普通の生活で当たり前の習慣だったといいます。
爪の垢を煎じて飲むつもりで始めてみましたが、6ヶ月も続けていると、仮に前の日が遅くても勝手に目が覚めてしまうようになりました。
「早起きは三文の得」と言われるように、いわゆる朝活の効果は色々なところで語られていますが、僕の個人的な効果についてはまた後々のテーマで触れていきます。
睡眠の大切さも本当の意味でわかりました。こちらも機会があればまた触れていきます。
*

やっかいな癖

3週間が習慣を変えるポイントだとしたら、3ヶ月というのが癖をなおす上でのひとつの目安ではないかと思います。
*
さて、ここからが本題なのですが、やっかいな癖、上達の邪魔をしている最大のもの、僕の場合それは「力み」でした。
癖というのは、だいたい本人も気づいていない・気づけないほど深く染み付いたものです。
仮に、それが悪い癖だと気づけたとしても、どう抜け出したらいいのかなんてわかならい。
*
「力み」
それがどれだけ根深く、手強く、やっかいな代物であるか。
それは癖のいる場所が「無意識」の領域だから。
意識して手の届くところにいないから当然わからないのです。
*

絶対にミスしてはいけない!

でも、この「力み」は一つ一つ丁寧に取り除いていかなければ、全くどこへも動けないほどカチコチに凝り固まっていました。

*
演奏中にも力みがあると、音も当然良くない上にミスをします。
「なんでそこでミスするんだ?そこでは絶対にミスしてはいけない!」
…絶対にミスしてはいけない!絶対にミスをしてはいけない!絶対にだ!!!
強く思うほど、確実なまでにミスります。。
それを練習すればするほど、やっぱりミスる。。
*
ひどく落ち込み、傷つき、さらに出来ない自分を責めて傷つけます。
この負の連鎖は無限ループのように自分を追い詰め、さらなる「力み」を溜め込んでいきます。
負の無限ループのなかは、まるで、真っ暗で冷たく重いもので満たされ、息も苦しくなる出口のないトンネルの中にいるような感じです。
「このままではいけない」という焦りばかりが募り、さらに追い込み、そこから抜け出す方法も発想もエネルギーまでもどんどん奪われてしまいます。
気づけば、芸術の素となる感受性までも固くなり灰色になってしまったかのようです。
*

なぜ「力む」のか?

この問題に悩み、苦しみ、いろいろと解決策やヒントを求めて、身体の仕組みやら使い方のあれやこれやを色々探し回りました。
もうこれは、生まれ持った自分の性格や性質で諦める以外にないのではないかと薄々感じながら…
アレクサンダーテクニーク、古武術、脱力法、ストレッチ法、呼吸法…etc
世の中には沢山の知恵やヒントがありました。

藁にもすがる思いで、色々試しました。

が、イマイチ決定打を得られた直感がありません。

ですが、そうこうしているうちに、ひとつ「大事なこと」を知ることが出来たのです。

もちろん知っただけでは「わかった」出来たとは言えない、のですが、、
ですが、ですが!少なくとも
それを除くことは可能だ!
まるで光明が差したようでした。
*
次回は、その「大事なこと」、そしてこの「力み」をテーマに続けていきたいと思います。

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『タブラと姿勢』①目的が定まっているか

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目的が定まっているか

目的にぴしっと心が定まっていると、人間は安定して能力を最大限に発揮できる。
 
これを身体で実感できる簡単なテストというのを教わったので紹介します。
ある一点に指を差して(ビルの窓のひとつでも、遠くの山でも、壁に掛かる時計でもなんでもいいですが)意識を定めている時、人に少しくらい差している指を押されたりしてもびくともしません。
次は、同じ姿勢・形で同じ対象を指差しながら、差している指の先を意識してみると、同じように押された時に簡単にぐらついてしまいます。
同じことをやっているのに、意識の定め方ひとつで、身体の状態が全然変わってしまうということを、身体を通して実感することのできるものです。
*

「指月の譬」

というたとえがあります。
これはブルース・リーの名場面の中でも引用されています。(1″15〜)

元々は仏教の教えから来ている言葉だそうです。
 
月のあるところを教えてやろうとして、指で月を指し示すと、愚かな者はただ指だけを見て、肝心の月には目もくれません。そこで、教える人は言います。「私の指を見ていてはいけない、指は月のあるところを示しているのだから。指の示す方向をたどって空の月をご覧なさい」
*

そもそも自分は「月を見ていない」

以前、「物事が成るには何事も順序がある」

“凍った冬の大地には種を撒けない。冬には冬の、春には春の、それぞれの時期には、それぞれ適ったことをやっていく必要がある。”
 
という内容の記事を書いていました。
物事の流れには順序と法則があるので、冬にいきなり「これだけの大きさの実がなっていなければいけない」といったところで、ぽん!と実がなるわけはないということです。
いまやるべきことを知る。そして、いまやるべきことをやる。
それを書いた時点では、そもそも自分は「月を見ていない」ということには、まだ気づいていない状態でした。
タブラを習得するのに、フレーズやらフォームやらまた脱力やらに捉われているだけでは、指先を見て月を見ていないのと同じ。
こんなことは出来て当然でなければならない。。この基準に達していなければ演奏する資格はない。。こんなところでミスをしてはいけない。。
インド音楽というのは古典芸能なので、当然、基準というものが厳然としてあります。
でも、その基準自体が月かというと、それは月を指す指先のことでしかないのです。
*
問題は、月を見ていないということなのです。
そのために、月がなんであるかもわかっていない、ということなのです。
*

大前提として

まず、

「目的が定まっている」
ということが大前提。
*
月が何であるか?
自分の中で定まっていることが必要です。
その上で、指先ではなく、月にしっかり焦点と心を合わせる。
冒頭のテストのように、定まっていなければ、身体がぐらついてしまうのと同じです。それではどこにもたどり着けません。
向こう見ずにがむしゃらは、もちろん絶対ダメ。
そのためにも、まず自分の状態を確認する必要があります。
*

頭でわかっただけでは、わかったとはいえない

月が見えた。月がなんであるかわかった。
それだけで出来るようになる、そういう単純で簡単なことではありません。
頭でわかっただけでは、わかったとはいえない。実践して出来るようになって初めて本当にわかったといえるようになる。
頭で理解しただけでは、まだ感覚的には理解・納得できていない。
また、感覚的に「出来る」という状態は、「無意識的に出来る」ようになっている状態です。
ここでのキーワードは「無意識」というところにあると思います。
どういったことを実践していけばいいのか。
*

学びながら日々実践

身体にも心にも「力み」を溜め込み、カチコチにフリーズしてしまってからおよそ半年経ちます。
その間の内面的な学びもだいぶ蓄積されてきたように思います。
それらの学びを整理し、また問題の原因や解決策なども、今後の検証材料としていくために、少しずつテーマを持たせながらブログ記事を書いていこうと思っています。
しばらくシリーズで書いていきますので、良かったらお付き合いください。
*

次回は、『タブラと姿勢』その実践について書いていきたいと思います。


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今年も一年ありがとうございました。何事にも順序がある。

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2016年も

残すところあと僅かとなりました。

今年も一年、たくさんの方に大変なお世話になりました。
企画にご参加いただいた皆様、ご協力いただいた皆様、ご声援いただいた皆様、本当にありがとうございました。

がむしゃらに

今年は、来日企画を中心に邁進してきた一年でした。
そのおかげで、学んだことも経験したことも非常に大きかったですが、一方でこの一年を経て、今までの小さかった歪みや矛盾が大きくなって整合性が取れなくなり、自分の中で色々なことが飽和し弾け、結果的にバラバラと全てが一斉に崩壊したといった感じになりました。
自信や情熱も崩れて消えてしまうのではないかと、恐怖や不安にも襲われましたが、結果的にそれらは一度崩れて消えてしまって良かったのだと思っています。
おかげで一回立ち止まって、よく考え見つめ直す機会を得られました。

何事にも順序がある

「物事が成るには何事も順序がある」
そのそれぞれの段階には、それに適った順番があり、それに適った時期があり、それに適った事物がある。それを見誤らずに行うこと。一足飛びには進めないし、焦っても失敗するだけでいいことはない、ということを学びました。
『為せば成る 為さねば成らぬ何事も 成らぬは人の為さぬなりけり』
この有名な言葉は、好きな言葉でもありますが、ずっと本当の意味は理解できていなかったようです。
為すということは、ただ闇雲に頑張るとか、そういうことでは全くなかった。

土こそ大事

今は、春に種を蒔き、秋に豊かな実りを得るための、冬の土作りの時期とでも言えます。
ちょうど季節も冬ですが、この時期に日々何をコツコツと積み上げられるか、その実践こそもっとも難しいことです。
新しい年を迎える前に、とりあえずはここまでたどり着きました。
2017年は、いつになく静かなスタートとなると思います。

ディプトニル来日ツアー2016

このビデオは、田谷野映さん(Noenoe Photography)にご協力いただき制作したものです。田谷さんには、今年本当にお世話になり、また励まされました。本当にどうもありがとうございます。

来る年

また来年もどうぞよろしくお願いいたします。
皆様どうか良いお年をお迎えください。

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マリナ・アーマッド来日公演レポート「学び続ける」

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撮影:泉山美代子


マリナ・アーマッド来日公演

来日ツアーから早一ヶ月近くが経ってしまいましたが、
ご来場いただきました皆様どうもありがとうございました。

ツアー企画のサチコさん、本当にお疲れさまでした。
貴重な機会をいただきありがとうございました。

また、沢山の方々のお力添えでツアーが実現できたことに感謝いたします。

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マリナジーと、公演についての紹介はこちらにまとめています。
http://kazutosashihara.com/archives/482

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撮影:泉山美代子
2016年9月3日(土)蓮田・慶福寺

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撮影:泉山美代子
2016年9月4日(日)練馬・練馬区役所


とにかく学ぶ

マリナジーとお会いするのも、共演させていただくのも今回初めてでした。

公演は3本、8月末のリハーサルからたった2週間弱のツアーでしたが、とにかく毎日可能な限り、押しかけるように練習に伺いました。

それというのも、この機会にとにかく学べるものは学べるだけ学び、吸収できるものは吸収できるだけ吸収したいという思いがあったからです。

それから、インド古典声楽のステージをインド古典声楽のステージとして成り立たせるためには、そもそも2週間では全然足りないという認識がありました。

声楽は、ヴォーカルが主導権を握っているといっても、演奏自体を全てコントロールすることは出来ません。ヴォーカルにとっての伴奏とは、何も考えず一切の心配もいらない信頼の置けるものでなければ、良いステージ・良いパフォーマンスなど不可能だからです。

それは彼女も言っていました。ムンバイやバングラデシュでも、信頼の置けるタブラ奏者を呼んで2ヶ月くらい毎日練習したりしていたと。

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撮影:泉山美代子


「明確に」

とにかく声楽の伴奏で重要なのは(もちろん声楽に限らずですが、とりわけ)、正確な音と正確なリズム、正確でクリアな「テカ」です。

※「テカ」… リズムサイクルの基本となるフレーズ

「明確に」それは今回最大の目標としていたことですが、それでも「明確に」「明確に」と何度も指摘を受けました。

それは、ただ音やフレーズの話だけではありませんでした。リズムサイクルの中にある同じ音やフレーズでも、方向性や、アクセントや欲しいニュアンスが違っていて、それは言葉には出来ないけれど、彼女自身は欲しい音のイメージを持っているのです。

練習の途中で何度も、彼女がインドに電話をかけ、信頼する馴染みのタブラ奏者に聞いてアドバイスを求めたり、実際に見本を演奏してみせてもらったりしました。
(今の時代、どこでもすぐ電話・ビデオ通話が当たりまえで、メッセージとかでなく手っ取り早く電話!が何しろインド流です。。)

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撮影:泉山美代子


Sufi Song

彼女の大きな特徴として、Sufi KalamというSufiの詩を歌う、ということがあります。

Sufi とは、自我を排除し、愛と献身を伴う直接的な行い(修行)の中で真実を見出そうとする思想です。学術的には諸説あるのかもしれませんが、音楽を通して見出そうというのはそういうことだそうです。

彼女の歌う古典曲の詩もそうですし、その他様々なスタイルの曲もSufiの詩です。

そもそも歌を知らなければ演奏なんてできない。全くそういう世界です。

マリナジーの知人のタブラ奏者に助けてもらいながら練習を重ねましたが、形だけなぞっても、本番でヴォーカリストの要求が読みきれない瞬間もありました。


究極的に教わったこと

とにかく通いつめて教わったこと

それは「学ぶ」ということがどういうことか、ということです。

それは決して師弟関係という美しい有り様についてだけでなく、それ以上にもっともっと貪欲で泥臭いものであるということです。

彼女がどれだけの困難や絶望を乗り越えて、それでも生き残り、今まだ音楽を貪欲に学び続けているか、また彼女の師匠であるパンディット・ジャスラジがどれだけ困難な幼少期を経て音楽を学んできたか、それらを本当に理解できるわけなどありませんが、その一端のお話を色々と聴かせてくれました。

「学ぶ」という行為は「学び続ける」という終わりのない献身であり、人生を捧げること。そこには究極的には誰にも介入はできないし、誰とも同行したり共有できるようなものでもない。


学んでいる過程というのは、孵化する前のサナギのようなもの。

とても無防備で危険にさらされている状態でもある。

妨害する人間も悪くいう人間もいる。

だから「学び続ける」ためには本当に賢くならないといけない。

「カズト、もっともっと学びなさい」


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それは

チョーさんの言葉と同じものだ。

本当に学んでいくためにはもっと賢くなれ!


チョーさん来日

いよいよ今週末に迫っています。

今回のライブは、10/14(金)、15(土)の2公演のみ。

そしてグループレッスンが、10/10(祝)、11(火)の2本です。
※残席わずか!10/10 が2席、10/11 が1席のみとなりました

非常に限られた機会になってしまいますが、ぜひチョーさんの音・音楽を、どこかで実際に体感してほしいと思います。

音楽は、体験することでしかやっぱり伝わりません。

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10/14 (金) ライブ 渋谷・UPLINK

恒例となりつつある「インド音楽トーク&ライブ」
今回はナビゲーターのサラーム海上氏の友人でもあるチョーさんの
スペシャルバージョンで開催

10/15 (土) ライブ 錦糸町・ささやカフェ

日本を代表するカレー&スパイス伝道師 渡辺玲氏とささやカフェによる
ヴィーガンインド料理付きのスペシャルライブ

10/10 (祝), 11(火) タブラグループレッスン(代々木・下北沢)

※残席わずか!10/10 が2席、10/11 が1席のみとなりました
チョーさん来日に合わせて、今回も特別にグループレッスンを開催!
タブラは言葉。最も重要なことは「本来の音」を知り「音の出し方」を知ること
チョーさんのお手本を実際に間近で聴いて見て学べます

ネイティヴでありながら、丁寧でユニークな指導が出来るのもチョーさんならではのものです
この点は、本当に他の誰にも真似できない凄いところです


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アルナングシュ・チョウドリィ来日公演 再び!グループレッスンも開催します!

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チョーさんの来日目前!

いよいよ今週末にはチョーさんが再来日します!

今回の来日では、ライブが2本、グループレッスンが2本のみとなっています。

どの公演も、一味違った魅力で楽しめますのでどうぞお見逃しなく!

 


=アルナングシュ・チョウドリィ来日公演 =

詳細:http://tablatablatabla.wixsite.com/japantour

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10/14 (金) ライブ 渋谷・UPLINK

恒例となりつつある「インド音楽トーク&ライブ」
今回はナビゲーターのサラーム海上氏の友人でもあるチョーさんの
スペシャルバージョンで開催

10/15 (土) ライブ 錦糸町・ささやカフェ

日本を代表するカレー&スパイス伝道師 渡辺玲氏とささやカフェによる
ヴィーガンインド料理付きのスペシャルライブ

10/10 (祝), 11(火) タブラグループレッスン(代々木・下北沢)

※残席わずか!10/10 が2席、10/11 が1席のみとなりました!
チョーさん来日に合わせて、今回も特別にグループレッスンを開催!
タブラは言葉。最も重要なことは「本来の音」を知り「音の出し方」を知ること
チョーさんのお手本を実際に間近で聴いて見て学べます
ネイティヴでありながら、丁寧でユニークな指導が出来るのもチョーさんならではのものです

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ディプトニル初来日ツアー終了!体感することでしか得られないもの

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濃密な一ヶ月間

ツアー日程が全て終了しました。ディプトニルと企画の木村さんも無事にインドに帰国されたようです。

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撮影:松尾義正

ツアー企画の木村さんからお話をいただいてから約半年、今回は企画主催を2本、その他公演のタブラ伴奏を含め4本でディプトニルと共演させていただきました。

各公演にご来場いただきました皆様ありがとうございました。

企画は決して一人では出来ない

HEAT bEAT MUSIC 主催公演では、沢山の方々にご協力いただき開催を実現することができました。

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撮影:松尾義正
会場のマスミ・横尾さん、撮影のシネワークス・松尾さん、田谷さん、演出協力の中田屋・中田正幸さん、中田尚子さん、音響提供のKappa Infinito・関根さんをはじめ、当日も沢山のスタッフに支えていただきました。
皆様、本当にありがとうございました。

ほぼ毎日

ディプトニルが来日してから1ヶ月。

名古屋・大阪公演で東京にいない期間以外は、練習、共演、ワークショップ、打ち合わせ、または公演スタッフとして手伝うなど、ほぼ毎日会って接していました。

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撮影:Noenoe photography
現在のインド音楽を形作った偉人の一人である、ウスタッド・アリ・アクバル・カーン、そして直系家族のアーシシュ・カーンやアミナ・ペレナさんを師として、家族同然に育てられてきたディプトニル。
彼の持つバックグラウンドには、インド音楽の純粋さが純粋なまま受け継がれている、そう思います。そして彼のパーソナリティもまた、とてもピュアなものでした。

過当競争社会、バブル期の現在のインドで、とりわけ彼のような若い世代では、エゴや自己主張が前面に出てくるケースも目立ちますが、そういうのは彼の性分ではないようです。とても稀有な人材でもありますが、それはまた師匠から受け継いだ態度でもあると言っていました。


また彼の音楽に触れたい。

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撮影:Noenoe photography

今回のツアーでは、彼の実力とその音楽の魅力を、全身の細胞レベルで感じていました。

「とにかく学びたい。」

来日前、そして来日してからもそれを伝え続けました。

彼が、タブラ奏者でもある父を持っていたことも、僕にとっては幸運でした。公演の映像を見た父・オシム氏から、電話で具体的アドバイスをいただいたりすることもありました。

それも含めて全てが彼の音楽です。

ぜひ再来日も実現出来たらと思っています。

もっともっとこの特別な音楽環境・空気に触れていたい。また多くの人にも触れてもらいたい。
彼自身、そしてインド音楽の魅力をもっと知ってもらいたいし、また学べる機会ももっともっと作っていきたい。
彼も、音楽は「シェアリング」だと教わってきたと言っていました。
帰国前日の最終日まで練習、率直なアドバイスを得られたり、次へつながるプロジェクトへの種も撒くことが出来ました。

並大抵ではない

ツアー企画というのは並大抵のことではありません。木村吉寛さん、本当にお疲れさまでした。そしてありがとうございました!

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木村さんは現在留学生としてインドに渡り、ディプトニルの父であるオシム氏に師事し、住み込みでシタールの研鑽に励んでいる人です。そんな王道・正道の環境で音楽の修行に打ち込む、これほど正しい学び方はありません。

羨ましい環境だなと思いもしますが、遠回りでも、自分は自分で通って来た道があるからこそ、今気付けていること、巡り会えていることがあるわけです。

とにかく、今回いただいた機会と得られた経験には感謝しかありません。


10月、もう間もなく!

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チョーさんこと、タブラ奏者アルナングシュ・チョウドリィさんが今週末には再び来日します!

チョーさんには、6月の来日時からコーチングを受け、タブラに関するあらゆることを基本から見直してきました。

もちろんまだまだその過程の途中ですが、今回のディプトニルとの公演に当たっても、チョーさんのコーチングがなければ、とても無理だったと思います。

これは前提として認識する必要のあることですが、ディプトニルのように伝統的で正統な環境の中で育ってきた本物のインド音楽奏者と、本当の意味で対等に渡り合うには、とても一代では不可能、何世代かを要するようなレベルの話です。

それでも今回目標としたのは、彼の音楽を彼の音楽として成り立たせる伴奏をするために、最低限何がクリアできなければならないのか、とにかくそこだけに特化し集中して準備をすること。

音楽が成立するギリギリのところまで、捨てられるもの一切を捨て切ること。選択と集中をどこまで突き詰められるかの勝負でした。

その上で、なんとしてでも音楽を成立させるために必死で食らいついていくこと。

実際、彼の演奏のやわらかさ、スピード、音の深さ、緩急や展開の縦横無尽さ、といったものには羽がついているようで、決して決めておいたり固定しておけるようなものではなく、ついていくのは相当なことでした。

余計なものを捨てきれずに身重の状態ではとても無理です。

それでも、練習中や演奏中にも、捨てたはずの欲や誘惑が何度も襲ってくるのがわかりました。その度にチョーさんの言葉を思い出していました。

それは「○○しろ」ではなく「○○してはいけない」というものでした。

一見、制約を加え縛り付けるようなものに聞こえますが、実際には、演奏中の様々な瞬間に応用できるものだということを、感覚として確認することが出来ました。

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はじめから王道・正道を歩み、学び、成長できる幸運な人というのは、そうそういるものではないと思いますが、

僕の場合は、散々に紆余曲折を経ながらも、なお、今日ここにいる、チョーさんはその大恩人なのです。


チョーさん来日公演

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今回は、10/14,15の2公演のみ。そしてグループレッスンが、10/10,11の2つのみです。

非常に限られた機会になってしまいますが、ぜひどこかでチョーさんの音、音楽を実際に体感してほしいと思います。

音楽は、体験することでしかやっぱり伝わりません。


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ディプトニルによるタブラ伴奏ワークショップ終了!

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@Noenoe photography


Music is practical thing

音楽は、どこかに書いてあったり、初めにノートに書き写したりするものではない。

よく聴いて、よく見て、よく感じて、まずやってみる。

知識は重要ではあるけれど、それが先にあるのではなく、まず「その音」を出すこと。

 


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@Noenoe photography


テーマは「テカ」

タブラの持つそれぞれのボル(音)のキャラクターを知ることから始まり(ここは非常に面白い部分でもありました)、それらの音の連なりが綺麗な「テカ」を生み出すということを、実際にメロディーに合わせて演奏してみることで体感。

※「テカ」… 基本となるリズムフレーズ

また、メロディー奏者にとってタブラの何が大事なのか、どういうアプローチが欲しいのか、同じフレーズを叩きながらどういう風に変化をつけるか、などを一人一人実践してみることで、具体的に体感していきました。

テンポを変えながら、最後には、少しタブラソロのフレーズも加えて、より演奏の実践的な感覚に触れていきました。

 


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@Noenoe photography


大事なことは

バランス。

そのための基礎練習だと。

ものすごく繊細なサロードの響きに間近で触れ、そして、様々なメロディーの変化に合わせてアドバイスをもらいながらタブラを叩けるという機会は、やはり非常に貴重なものになったのではないでしょうか。

ご参加の皆様はありがとうございました。

 


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@Noenoe photography


ディプトニルの来日公演

残り僅かになって参りました。

ディプトニルの演奏は、その人格同様、謙虚で思慮深く愛情に溢れたものです。

高度成長でイケイケの現代インドにありがちな、奇をてらったり、派手なパフォーマンスに偏るといったことはありません。

スウィートで繊細かつ力強くダイナミックな演奏。その振れ幅はとても大きく、インド音楽、サロード演奏の真髄を見せてくれるものであることは間違いありません。
その彼の伴奏が週末にかけて続きます。僕にとっては本当に山場です。

でもこんなに幸せな山場もありません。

ぜひともお越しいただければと思います。

 


▽9/22(木祝) 大塚・マスミ公演
『追悼 師ヴィドゥーシ・アミナ・ペレナ』

 

出演:ディプトニル バッタチャルジー(サロード)、指原一登(タブラ) 
日時:9月22日(木・祝) 開場15:00/開演15:30
会場:マスミ スペースMURO(大塚)
   東京都豊島区巣鴨4丁目5-2
料金:予約:3,000円   当日:3,500円  ペア割:5000円(組み合わせは自由。予約のみ) 
主催:HEAT bEAT MUSIC
予約:mail@kazutosashihara.com

※ディプトニルの来日直前に亡くなられた、師アミナ・ペレナさんに捧げる追悼公演として大事に準備しています。ディプトニルが一番長い時間を近くで過ごした師匠でした。とても慈悲深く愛情に溢れた人で、彼の演奏に大きな影響を与えている方だそうです。

 


▽9/24(土) 表参道・Nida Yoga公演

出演:ディプトニル バッタチャルジー(サロード)、木村吉寛(シタール)、指原一登(タブラ) 
日時:9月24日(土) 開場18:30/開演19:00
会場:Nida Yoga
   東京都 渋谷区渋谷4-3-17
料金:前売:3,500円(税込)当日:4,000円(税込)
主催:Nida Yoga

【お申し込み・お支払い】
nidaのウェブサイト上からご予約いただけます。
その際,ご希望の人数分の枠をご予約下さいませ。
あるいは,nidayoga@gmail.comまで,
タイトルに「ディプトニル公演申し込み」と明記の上,
お名前,お電話番号,メールアドレス,ご希望の日付とご希望人数をお知らせ下さい。
代金は,銀行振込でお願いいたします。(当日は現金のみ。)
お申し込み受付後,折り返し振込先をお知らせいたします

【キャンセル】
10日前まで全額,4日前まで半額を返金いたします(手数料はお客様負担)。
3日前以降の返金はできませんので,ご承知おきください
小さな会場での臨場感あふれる演奏会です。
一人でも多くの方にお楽しみいただけますよう,ご理解・ご協力をお願いいたします。